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神戸地方裁判所 昭和44年(わ)440号 判決

主文

被告人朴鍾淳を懲役六月に、

被告人孫敬道を懲役五月に、

各処する。

被告人両名に対し、本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を被告人朴鍾淳の、その一を被告人孫敬道の各負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人朴鍾淳は、神戸市生田区中山手通一丁目一一四番地において、キャバレー「ナイトタウン白い森」およびダンスホール「シャルマンクラブ白い森」を経営する東海観光株式会社の代表取締役、被告人孫敬道は、同社の監査役で支配人であるが

第一、被告人朴鍾淳は、東京都港区赤坂一丁目一番一二号溜池明産ビルに事務所を置く社団法人日本音楽著作権協会(理事長春日由三)の許諾をうけず、かつ、法定の除外事由がないのに、

(一)  昭和四二年一二月一四日前記「ナイトタウン白い森」において、別表第一記載のとおり前記協会が著作権を有する音楽著作物「タブー」外二六曲を専属楽団歌手等に演奏歌唱させて多数の客に聴取させ、

(二)  同月一五日、前同所において、別表第二記載のとおり、前記協会が著作権を有する音楽著作物「テンプテーション」外二二曲を専属楽団歌手等に演奏歌唱させて多数の客に聴取させ、

(三)  同月一四日、前記「シャルマンクラブ白い森」において、別表第三記載のとおり、前記協会が著作権を有する音楽著作物「チークツーチーク」外二五曲を専属楽団に演奏させて多数の客に聴取させ、

(四)  同月一五日、前同所において別表第四記載のとおり、前記協会が著作権を有する音楽著作物「バックスグルーブ」外二五曲を専属楽団に演奏させて多数の客に聴取させ

第二、被告人両名は、共謀のうえ、前記社団法人日本音楽著作権協会の許諾をうけず、かつ、法定の除外事由がないのに、

(一)  昭和四三年一二月二日から昭和四四年一月三一日までの間、前記「ナイトタウン白い森」において、別表第五記載のとおり、前記協会が著作権を有する音楽著作物「真赤な太陽」外二二八曲を専属楽団歌手等に演奏歌唱させて多数の客に聴取させ、

(二)  昭和四三年一二月三日から同年一二月三〇日までの間、前記「シャルマンクラブ白い森」において、別表第六記載のとおり、前記協会が著作権を有する音楽著作物「長い髪の少女」外七曲を前同様演奏させて多数の客に聴取させ、

もつて、それぞれ著作権を侵害して各偽作をなしたものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

(判示第一) 各著作権法第三七条罰金等臨時措置法第二条(刑訴法第四六八条第三項、各懲役刑選択)

(判示第二) 第二の(一)別表第五の各日毎に一括して、第二の(二)別表第六の各日毎に一括して各刑法第六〇条著作権法第三七条罰金等臨時措置法第二条(各懲役刑選択)

(併合罪) 各刑法第四五条前段第四七条第一〇条(各重い判示第二の(一)別表五の昭和四三年一二月二日演奏の1ないし19につき加重)

(執行猶予) 各刑法第二五条第一項

(訴訟費用) 各刑訴法第一八一条第一項本文

(弁護人の自救行為の主張)

弁護人臼杵敦、石原秀男は、

一、被告人等が経営する東海観光株式会社(以下単に東海観光と略称する)は、キャバレー、ダンスホールの営業をなすもので、営業上音楽の使用、殊に楽団、歌手による生演奏が客を来集さすため必須不可欠のものである。

二、右生演奏に当つては、音楽著作物の使用につき使用許諾を必要とする処、右使用許諾権を持つ我国唯一の団体である社団法人日本音楽著作権協会(以下単に日本音楽著作権協会と略称する)は、恣意専断にその独占的権限を振り舞わし東海観光の営業権を侵害した。すなわち

(1)  日本音楽著作権協会が使用許諾契約に当り依拠する昭和一五年二月一九日認可の著作物使用料規程は、右契約を書面行為とし、また「正当な理由なくして使用許諾の申込を拒絶できない」と明文を欠く点からみて、憲法二二条(営業の自由)一二条(権利の濫用の禁止)の違反するもので、東海観光の営業権を侵害するものである。

(2)  東海観光は、日本音楽著作権協会に対し音楽著作物使用の許諾方を申込み且つ東京簡裁に右許諾を求める調停を申立てたが、右協会は被告人朴が曾て経営した有限会社処女林(以下単に処女林と略称する)の使用料滞納に藉口し或は法外な使用料を提示するなどして正当な理由なく、東海観光の右申込を拒絶した。

三、日本音楽著作権協会の右措置は、権利の濫用であつて東海観光の営業権を不法に侵害したものであつて、そのため営業は危殆に瀕し、国家の救済を仰ぐ遑のない緊急の事態に陥つたので、右営業権を保全するため、判示音楽著作権の無断使用のやむなきに至つたもので、被告人等の判示各所為は社会的に相当と認められる範囲内の実力行使であるから、自救行為として違法性を阻却し、可罰性を欠くので、被告人等は無罪である。

と主張するので、以下これにつき審究する。

(当裁判所の判断)

第一使用料規程は営業権を侵害するか。

先ず、弁護人の音楽著作物の使用料規程は憲法第一二条、第二二条に違反し、営業権を侵害するものであるとの主張の当否につき考えるに、判示証拠によれば、日本音楽著作権協会は「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律(昭和一四年法律第六七号、以下単に仲介業務法と略称する)に基ずく許可を受けた我国唯一の音楽著作権の仲介人(右法律自体は、仲介人を単数に限定していない)であり、国内の音楽著作物については、著作権者より著作権ないし分支権(演奏権など)の信託的譲渡を受け、海外の音楽著作物については、外国の仲介団体との間に相互委託契約を介し、これら内外の音楽著作物の使用許諾権を一手に掌握している強大な権能を持つ団体であるところ、右使用許諾需要者と音楽著作物の使用契約を締結するに当つては、文化庁長官が著作権制度審議会の諮問を経て許可した著作物使用料規程(弁護人挙示のものは、既に廃止され、判示各所為当時は、昭和三九年五月二六日認可のものである。)に則り業務を遂行すべく、右規程に反した業務執行をなした場合は刑罰を以て臨むことと定め(仲介業務法第三条、第一二条第二号)右使用料規程によつて、音楽著作権の保護とその権利行使の適正を期し併せて利用関係の円滑化を図り、右音楽著作権協会の恣意専断を封じているのであつて、同規程第一条の使用関係の契約を書面行為に限定しているのは、右協会の右業務遂行の適正を担保し且つ右契約関係を明確にし、後日の紛争を避ける慎重な配慮から出たものというべく、また申込に対する契約締結義務についての明文はないけれども、これを以て申込の許諾につき右協会に恣意専断を許容したものと解する余地は存しないから、右著作物使用料規程は憲法第一二条、第二二条の理念に背反する類のものでなく、右の使用許諾需要者の営業権を侵害する筋合のものではない。

右の次第であるから、弁護人の前記主張は採用の限りでない。

第二使用許諾の申込は拒絶できるか。

次ぎに、日本音楽著作権協会は音楽著作物の使用許諾需要者の使用の申込に対し拒絶できるか否かにつき考える。

「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」には、需要者に対して電気事業法第一八条第一項、ガス事業法第一六条第一項などのような正当な理由のない限り契約締結義務のある旨定め、これに違反した場合刑罰を以て臨む規定(電気事業法第一一七条第二号、ガス事業法第五六条第二号)は存しない。右は音楽著作物と電気、ガスとの社会生活における需要者との必要度、密着度の濃淡によるといえよう。

しかしながら、音楽著作物の使用許諾需要者が年と共に激増し、しかも営業上その使用の不可欠な現況にあり、更に国の内外の使用許諾権が日本音楽著作権協会に一手に掌握せられている関係にあるから、右仲介業務法第九条の仲介人が公益を害する行為を避止、絶滅しようとしている立法趣旨、権利行使につき基本的原則を宣明する民法第一条等に照らして右協会は、使用許諾需要者に対しその使用方を均霑さすため「正当な事由がない限りその使用の申込を拒絶することができない」ものと解すべきである。

したがつて、右協会が正当な事由がないのに、右使用の申込を拒絶した場合は、同協会がその権利を濫用し需要者の権利を不法に侵害したものとして不法行為が成立するというべきである。

第三権利侵害事実の存否。

弁護人は、日本音楽著作権協会がその権利を濫用して東海観光の営業権を侵害した主張するので、その存否につき検討する。

(一)  先ず、判示第一の各所為につき考えるに、判示証拠によれば、右協会は、東海観光の代表者たる被告人朴に対し昭和四二年一二月一二日東海観光に対し判示各所における同協会の音楽著作物の無断演奏を即時差止めるべき旨の通告をなし、右は、同月一四日到達したが、被告人朴は右通告を了知しながら、使用許諾の申込もせず、判示第一の各所為にでたものであると認められるから、右協会がその権利を濫用し東海観光の営業権を侵害したということはできない。

(二)  次ぎに、判示第二の各所為につき考えるに、日本音楽著作権協会は、昭和四三年一月二三日の東海観光の使用許諾の申込を同月二七日拒絶し、更に昭和四三年四月東海観光が東京簡裁へ申立てた使用許諾の調停も同四四年一月二八日不調に終つているので、右協会の右措置が正当な理由が存してなしたか否かにより前項記載のとおり権利侵害の有無が決するので、勘案するに、判示証拠によれば、(A)被告人朴が代表者であつた有限会社処女林は、昭和三七年六月右協会とキャバレー営業の生演奏に使用するため音楽著作物の使用許諾契約を結び、右契約は右処女林の建物焼失により解散した昭和四一年一〇月まで継続したが、右処女林は昭和三七年一一月以降解散までの長期に亘り右協会に対し約定使用料を滞納したこと、(右協会は、昭和四一年東海観光を相手方とし、右滞納使用料等の支払請求訴訟を提起し、昭和四二年一二月二三日神戸地裁は、右処女林に対し金二七一五、〇〇〇円の支払を命ずる旨の判決を下し、右処女林は控訴したが、同四四年一月一六日大阪高裁で控訴棄却された)(B)処女林は、被告人朴が資本金一〇〇万円中八〇万円を出資し縁者知己を語らい昭和三三年四月自ら代表者となりキャバレー営業の目的で設立したもので同四一年一〇月解散したもの、東海観光は同被告人が資本金二〇〇万円中一〇〇万円を出資し昭和四二年九月前同様にして自ら代表者となりキャバレー、ナイトクラブ営業の目的で設立したものであるが、共に会社の実権は被告人朴が掌握するのみならず、営業の本拠は同一所在地にあり、共に不動産を所有せず、共に地上建物を賃借営業する経営方針であり、処女林の使用建物焼失后、新たに建築された建物を引続き賃借していること等から、右両会社は、法的には別人格であつても、実体は、被告人朴の個人企業とみることができること、(C)判示第一関係で説明したとおり、被告人朴は処女林の使用料滞納中であるに拘わらず、東海観光で無断演奏を敢行したことが認められるので、右協会が右(A)(B)(C)の各事実に基づき東海観光の使用許諾の申込に対し、使用料支払能力と支払の意思につき多大の不信と疑惑の念を抱きこれを拒否し、或は調停において右処女林の滞納使用料の支払の解決を先決問題として強調した上で前記使用料規程に基づく使用料額を提示したこと(証人石川忠勝の尋問調書参照)は、委託者に対し使用料分配の責務を負う右協会としては、適切な措置(右調停が不調に終つたのは、東海観光が右協会の先決問題を拒否し且欠席勝であつたためである)というべく、創立以来使用許諾の申込をいまだかつて拒絶した事例を持たない右協会が唯一の例外として申込拒絶に踏切らざるをえない事態になつたこと(前記尋問調書参照)に徴しても、協会の右各措置は、正当の理由があると認められるから、正当な権利行使というべく、右協会に権利の濫用の事実はなく、したがつてまた東海観光の営業権侵害の事実はない。

第四自救行為の成否について。

自救行為は、第三者から不法に権利の実現を妨げられている者が権利の保全を図るため国家の権利保護を待つ遑がない場合自らの実力で直ちに必要な限度で適当な行為をするものであるところ、以上縷述のとおり、日本音楽著作権協会が権利を濫用して東海観光の営業を不法に侵害した形跡が認められない本件にあつては、その要件を欠くから、自救行為は成立する由がない。

右の次第であるから、弁護人の自救行為の主張は、採用の限りでない。

第五可罰的違法性について。

弁護人は、被告人等の判示各所為は可罰的違法性を欠く趣旨の主張をするところ、案ずるに、判示第一の各所為が日本音楽著作権会の演奏差止通知を無視して敢行したものであることは、既に説明ずみであり、判示第二の各所行為は、既述のとおり、協会がその正当な権利行使により使用許諾申込を拒絶した後いまだ未許諾中の所為であるのみならず、判示証拠によれば、右協会は、神戸地裁に対し無断演奏を継続する東海観光を相手方とし仮処分申請をなし、神戸地裁は、昭和四三年一一月二九日東海観光に対し音楽著作物を使用する生演奏を禁止する等の仮処分命令を発布し、被告人等がこれを無視したため、昭和四四年一月二二日同地裁は右協会の申請に基ずき生演奏禁止命令不服従の場合一日金二万円の割合による損害金支払を命ずる旨の間接強制の決定(この決定に対する東海観光の即時抗告に対し同年三月一四日大阪高裁で抗告棄却の決定がなされ、更に東海観光の特別抗告に対し同年五月二一日最高裁で抗告却下の決定があつた)を下したことがあり、以上の各事実からみて、本件各所為は、被告人等の音楽著作物に対する法の保護を蔑視する反社会性の具現と認められるから、可罰的違法性に欠けるところはない。

右の次第であるから、弁護人の右主張は採用の限りでない。

(量刑事情)

被告人等は、文明国家のバロメーターともいうべき無体財産権の一たる音楽著作権を執ように反復侵害したもので、犯情は悪質という外ないが、昭和四四年一二月二六日神戸地裁(前記仮処分命令に対する異議事件)において東海観光と日本音楽著作権協会との間に、東海観光は右協会に対し本件各所為を含める従前の無断演奏等一切につき損害金として即時金六百万円を支払い、且つ保証人を参加させ、使用料の支払いを確約して右協会の音楽著作権の使用をする旨の裁判上の和解が成立するに至り、右協会においても被告人等の寛刑処分方を嘆願する現況にあり、被告人等も一応その非を悔い、再犯の虞れもまずないとみられるので、被告人等に対し、執行猶予を付するのが、相当と認める。

そこで、主文のとおり判決する。

(矢島好信)

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